■思い出す鉢

 支部の責任者になってからは気持ちも時間も余裕がなく、大好きな鉢作りから少し離れてしまっています。そのうちにまた始めたいと考えてはいるんですけどね。

 作った鉢を自分で使うのが好きなので積極的に販売することはありませんでしたが、お世話になってきた一木一草話さんには言われるがままに?卸していました。それ以上のことをしていただいていたし、信用していましたからね笑。

 品を卸しにお店へ持って行く前、焼き上がりを確認して、自分で使いたいなぁと思ってしまう自分好みの出来の鉢があったりすると、どうしても私は趣味者なので、心のどこかで売れ残るのを期待してしまうんですね。品を卸す義理は果たした上でしばらくの後自分の手元に返品という流れを待つ訳です。そのため、そういった鉢はただの無名作家としての自分の相場よりもぐっと高い値を付けて卸したんです。

 でも、そういった自分で気に入った出来の鉢というのは、あまり手元へ戻って来た印象がなく、けっこうな値を付けてもだいたいスッと売れてしまうんです。なので時々、あの鉢は今どこへ行ったのかなぁと考えることがあります。実は今でもけっこう考えます。

 当時、作家の春嘉さんとのやりとりの中で、売った後の寂しさみたいなもの、そういうのがないのか伺ったことがありますが、「ない。また作れるから」というような内容の返答に、自分にはない頼もしさを感じたものでした。

 私は何年も前に焼いた鉢をウジウジと思い出す、腐ったドングリみたいな男です。

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 そんな鉢の制作風景。おそらく2015年頃の制作風景。素焼きの鉢に呉須を入れています。この頃、ドクロの絵をいくつか焼いていますね。左の面の柄は中国の古い磁器の文様をコンパクトにまとめてみたもので、多分、ペルシャの文化の跡が濃く残るものだったと思います。

 で、焼き上がり。

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 ああ、なつかしい。って、ほとんどうちにはいなかったものですが笑。

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 ね、この幾何学模様を出そうとしてるアマチュア感が好き。

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 このドクロのびっくり顔がかわいい。

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 やっぱり自分で使いたかったなぁと思い出す鉢のひとつです。今はどなたがお持ちで、どんな風に使われているのか。

 それで、やっぱり自分でも欲しいのさ!と、

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 ちゃんと自分用にひとまわり小さなものを作り(サイドはドクロでなく、ペルシャに合わせてザクロの絵)、

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 細幹モミジを入れて、名品展でも飾りました。お気に入りの鉢です。

 

 思い出す鉢。これから時々記事にして寂しさを紛らわせます。←?

 腐ったどんぐりみたいな男ですから。